2008年 04月 27日
日記: この数日、慌ただしいニュースが多くありました。そんな中で思い出した文章を 上げてみます。 (内容の一部に現代の感覚と少しズレを感じる所があります、 当時の社会状況を配慮してお読み下さい) ハーバード・リードのトリビューン紙に掲載された一遍です。(1940年頃) 1939年のあの不気味な夏には、何処へ行っても、ホテルは寂れ、薄情でもないのに 人々は黙りこくっているし、道路は立派だが、食料は乏しかった。 イタリアの湖水地方についた時、我々は既に一週間或はそれ以上酷い旅を続けていた。 そして、数年前にすでにこうした目的のため、目をつけていた場所ーサン・ヴィジリオ の閑静地で二三日間休息する事にきめた。それはガルダ湖の東岸にあって小さい港を 見下ろしている。 この場所の魅力はただその位置から来るのではなく、また、芝居がかった古さからも 来るのだ。 それはセルミオーネ半島の対岸にあって、カトゥルスの隠棲の場所であり、十七・八 世紀頃からすでに、その場所の古典的連想をつよめるため。あらゆる手段が構じられて いた。白い彫像が薄暗い糸杉の木立の間にちらちら見え、そここに優雅なラテンの 文章が庭の堀に刻まれて、たれさがった雑草に半ば隠されている。 港は池より大して大きくはないが、「海岸通り」があり、桟橋があって申し分がない。 そこにはおそらく六隻ばかり漁船が入るようだが、日暮れ時あずき色の帆を上げて港を でてゆく。魚取りは夜の仕事なのだ。そして、このため、此処は昼間はなおさら眠たげ なのだ。漁師達は昼頃出てきて、いなか家の漆喰の白壁にもたれて長いことうたた寝を むさぼるが、いなかの家々も眠たげに崖に寄りかかっている。 何時も食事をしたホテルのテラスから、我々はこの平和な光景を見おろした。 普通はポンポン蒸気が一日に二度くるのだが、運転は中止されていた。 観光客が少なかったのだ。時折は手こぎ船が岬をまわって、港の北の方にゆっくりと 進んで行くこともあった。 そのうち或る日、逗留三日目のことだったが、この平和が突然やぶられた。 我々がテラスで昼食を終えてコーヒーをすすっていると、汽笛の音がこだまし、また 汽笛の音がこだました。汽船が一艘近づいて来るのだなと思われた。実際は二艘だったが 岬を廻ってきたとき、遊覧客を満載しているのが見えた。船はゆっくりと近づいてきて、 港外に錨をおろした。我々は最初はかるい好奇心をもって眺めていたのだったが、 それらが目と鼻のさきのところにきてみると、この好奇心は心配へ、それから徐々に 不可解な恐怖へと変わって行くのだった。 休日の遊覧旅行は、静穏と孤独を楽しむいかなる人にも、ありがたい光景ではない。 我々も或いは直ぐにでも家り中へ逃げ込んだところかも知れなかったが、この一行の 奇妙なふるまいに引き留められた。彼らのうちには、なにか叫んでいる者もあったが すこし調子があっていなかったし、ハンカチや帽子をふるにしても、あてもなく反射的に くりかえしているのだった。汗まみれの顔をこちらの方にむけている様に見えたので、 彼らの叫び声も自分達に向かって発して居るのかも知れないと、しばらくは思ったが 彼らは決して答えをまたなかった。大多数は禿頭の男達だったが、よく肥えていて、 開襟シャツを着、太いピンクの首をしており、少し汚れたなめし皮の半ズボンと白い 長靴下との間には膝こぶしが見えていた。女達は、安っぽい捺染木綿のブラウスと スカートをつけていた。 我々の所に聞こえてきた叫び声や、きれぎれの話し声はドイツ語だった。乗客のうち には、這いずるようにボートに乗り組む者もあったから、我々の世を避けた静かな生活が 侵されるのではないかと、心配になりだした。 彼らは上陸した、と言ってもこうした見るモノとてほとんど何もなかった。店もなけ れば、バーもカフェーもなく、ただ湖畔を上がって行く急な一すじの坂道と、数艘の 漁船と、家の壁に身をゆだねてぼんやり座っている漁師たちがいるだけだった。 彼らは叫んだり手を振ったりし続けてていた。汽船の上に群をなした人々は、オレンジを 食べてはその皮を紙屑や葉巻のすいさし、人々の集まりには決まってある落とし物と 一緒に港になげこんでいた。終始顔を歪めて、おかしな取り留めのない叫び声をあげ ていた。 それは、ナチによって計算された「娯楽によっての鋭気」を養う旅行の一つである ことが、間もなくはっきりと分かってきた。そして、実際は一行の様子が英国の銀行 休日の小旅行と大して違ってはいなかったけれども、私はともすれば民族的或いは 政治的理由にことよせて、彼らに対し軽蔑の念をいだきかねなかった。 この事については、同じテラスから見ていた、私の近くに立っていたイタリヤ人の ウェイトレスも同様だった。彼女が持ってきた知らせでは、すぐに一行のおかしな 振る舞いがよく理解できた。 それは、全くの聾者と唖者からなる一行だったのだ。しかし悩みを同じくする人々を たくさん集めて外国へやり、楽しい思いをさせようなどと思いつくのは、ただドイツ 人だけ、おそらくナチだけだろうと、私には思われたのだった。 汽笛が鳴り終わって、間もなく彼らは行ってしまった。静寂は前よりももっと深まり 陽は遠い山々のうしろに落ちてしまい、美しい黄昏が湖面一帯にもやの様に垂れ込め てきた。 そのうち漁師が一人立ち上がって、我々の下を横切っていった。彼は長い柄の付いた シャベルを持って、岩礁や小石だらけの渚と、防波堤の境の所へ歩いていった。 彼は小石をシャベルですくい、それを水中に投げ込んで山と積み始めた。多分12杯は あっただろうか。そして彼は戻って来た。 我々はこの行いにすっかり面食らってしまって、さっきのウェイトレスに説明を 早速求めた。それは、どえらくもまた、素朴なものだったのだ。 彼は港のぐるりをゆっくりと円を描いて流れる水流を作り、旅行者達が港の水面に 落としていったごもくをすっかり港の外に出してしまう様にさせていたのだった。 多分小石にはまだ真昼の太陽の熱が残っていて、水中に投げ込まれると、熱が特別の 場所に広がり、こうした結果をきたすのであろう。 ちいさな出来事だったが、素朴さと尊厳をもった古来の知恵のひとこまの様に 思われたのだった。 カルダ湖 風景
by artist-mi
| 2008-04-27 15:51
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milkshop-KT3 at 2008-04-29 00:18
お久しぶりです、牛乳屋みっちゃんです。
セピア色に包まれた光景を、映画を観るような気持ちで読ませていただきました。物悲しく、音が遠くで静かでした。 「夢」の本、4月25日に出版されました。とても素敵な本に仕上がっています。私の「夢」も載っていて、少々照れくさい気がしています。
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artist-mi at 2008-04-29 21:54
牛乳屋みっちゃんさん、こんばんは。
この前のお話、実現、おめでとう御座います。 気に入った仕上がりの御様子、良かったですね。 後で其方へ伺います、もう少し情報などお願いします。 この文章は今では誰の目にも触れないモノですが 昔も今のような事が在ったのだと痛感した次第です。 |
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